2010年12月23日
#253 あの山の向こう まで
奇跡的な天候に恵まれて、無事に終了した「あの山の向こうへ」
開催までの裏話。
この企画の構想は、数年前からくすぶっていた。
MTBのロングライド。
センチュリーランのMTB版、ロード系のサイクリングの盛況ぶりからいけば需要はあるはず。
とれとれの曲がり角に矢印を付けた版、も一つ言えば担ぎが無い版、地図読みに不安がある人でも楽しめるはず。
ツールド下関は、とれとれの父ヒゲ丸さんがバイザーを務めていることもあって手伝いに行って、センチュリーランのノウハウを伝授してもらった。
この人のことは、後日たっぷりと書くことになるでしょう。
よく比較される「王滝」は、強く意識はしているが、同じ物ではないと思う。
王滝には、出たことも見たこともないからね。
知っていても同じ物にしようと思わないどろうね。環境も違うし。
やるタイミングと場所、そして決断が整えば。。。
今年は、「秋まつり」を止めたことでタイミングを得た。
というより、その為にやめたと言っても良い。
場所は、あそこしかあるまい。
地元とのつながりがあって、そこそこのルートが取れること。
ルートのベースは、全盛期前世紀に行われた「クロスランドラリー」だ。館兄Thanks
コレを元に地元の○沢さんから林道情報をもらう。
J3DHの終わった9月末くらいから、調査をしてもらった。
ネット上で地図情報の共有ができるので便利です。
当初は、スポーツセンターからPC2〜PC4を回るコースだったが、距離が短いのでホールスタートの今回のコースとなった。
○沢さんが公民館長でホールも使わせてもらえるのは好都合だった。
ついでに言えば、今回使用した林道の大部分は、○沢さんが前職の林業会社の時代に造ったものだった。
10月に、1回目の試走に行った。
PC2までのメインとなった林道の確認を行った。
その先の今回は使えなかった林道の調査。
スポーツセンターに下りて、常設コースの延長案なども検討。
金山にも寄って、ご挨拶。
そこで振舞いのキノコ汁を出していただくことになりました。
ここにいるHさん、この人無しにして今の中津江はあり得ないのかも。
2002W杯キャンプ地誘致に成功して、カメルーンを連れてきた人だもの。
長くお付き合いさせてもらう内に、イベント企画運営の何たるかを学ばせてもらいました。
この頃、企画書を作り、いくつかのショップさんを回り、企画趣旨を説明して参加者の募集や協賛品の協力をお願いした。
10月末に募集要項を印刷。
あんなデザインでよく集まったものだ。
配布先も、いくつかのショップと各大会での配布のみ。
申込状況を見ると、ほとんどがネットのフォームから。
現金書留は数えるほど。
ネットの存在感を認識させられました。同時に情報板の有効性も実証できたのかも。
11月、2回目の試走。
フルコ-ス制覇です。
前回の試走の時に薄々気づいてはいたんですが、かなりハードなコースです。
かといって、イージーなコースを設定することもできません。
「こりゃ、失敗するかもしれんな。。。」
楽しみに参加してきたの、ガッカリして帰る。と言う図が浮かびます。
ここでこれを表明してしまうと、参加者激減で赤字という最悪のシナリオです。
ということで、コース情報は極力出さずに、なるべく参加者を集めて派手に散ろうという作戦へ。
ペイラインは、50人。
このあたりのさじ加減が難しい。
既存のイベントなら前回の参加者数とか、類似のイベントがあればそれを参考に、となるわけだが。
新しいタイプのイベントは、ココが難しい。
過去にも全く集まらなくてダメになった物もあるし。
これは企画自体は悪く無いと今でも思うのだけど、その面白さを伝えきれないところが問題だったんだろうと。だから、いつかリベンジしますよ。
この時のタイムを参考に流れを組み立てるわけです。
半分から倍くらいまでと想定していたので、ほぼその範囲内かな。
大会前週に矢印看板の設置。
微妙な週間天気予報。神を信じるのみ。
つづく
開催までの裏話。
この企画の構想は、数年前からくすぶっていた。
MTBのロングライド。
センチュリーランのMTB版、ロード系のサイクリングの盛況ぶりからいけば需要はあるはず。
とれとれの曲がり角に矢印を付けた版、も一つ言えば担ぎが無い版、地図読みに不安がある人でも楽しめるはず。
ツールド下関は、とれとれの父ヒゲ丸さんがバイザーを務めていることもあって手伝いに行って、センチュリーランのノウハウを伝授してもらった。
この人のことは、後日たっぷりと書くことになるでしょう。
よく比較される「王滝」は、強く意識はしているが、同じ物ではないと思う。
王滝には、出たことも見たこともないからね。
知っていても同じ物にしようと思わないどろうね。環境も違うし。
やるタイミングと場所、そして決断が整えば。。。
今年は、「秋まつり」を止めたことでタイミングを得た。
というより、その為にやめたと言っても良い。
場所は、あそこしかあるまい。
地元とのつながりがあって、そこそこのルートが取れること。
ルートのベースは、
コレを元に地元の○沢さんから林道情報をもらう。
J3DHの終わった9月末くらいから、調査をしてもらった。
ネット上で地図情報の共有ができるので便利です。
当初は、スポーツセンターからPC2〜PC4を回るコースだったが、距離が短いのでホールスタートの今回のコースとなった。
○沢さんが公民館長でホールも使わせてもらえるのは好都合だった。
ついでに言えば、今回使用した林道の大部分は、○沢さんが前職の林業会社の時代に造ったものだった。
10月に、1回目の試走に行った。
PC2までのメインとなった林道の確認を行った。
その先の今回は使えなかった林道の調査。
スポーツセンターに下りて、常設コースの延長案なども検討。
金山にも寄って、ご挨拶。
そこで振舞いのキノコ汁を出していただくことになりました。
ここにいるHさん、この人無しにして今の中津江はあり得ないのかも。
2002W杯キャンプ地誘致に成功して、カメルーンを連れてきた人だもの。
長くお付き合いさせてもらう内に、イベント企画運営の何たるかを学ばせてもらいました。
この頃、企画書を作り、いくつかのショップさんを回り、企画趣旨を説明して参加者の募集や協賛品の協力をお願いした。
10月末に募集要項を印刷。
あんなデザインでよく集まったものだ。
配布先も、いくつかのショップと各大会での配布のみ。
申込状況を見ると、ほとんどがネットのフォームから。
現金書留は数えるほど。
ネットの存在感を認識させられました。同時に情報板の有効性も実証できたのかも。
11月、2回目の試走。
フルコ-ス制覇です。
前回の試走の時に薄々気づいてはいたんですが、かなりハードなコースです。
かといって、イージーなコースを設定することもできません。
「こりゃ、失敗するかもしれんな。。。」
楽しみに参加してきたの、ガッカリして帰る。と言う図が浮かびます。
ここでこれを表明してしまうと、参加者激減で赤字という最悪のシナリオです。
ということで、コース情報は極力出さずに、なるべく参加者を集めて派手に散ろうという作戦へ。
ペイラインは、50人。
このあたりのさじ加減が難しい。
既存のイベントなら前回の参加者数とか、類似のイベントがあればそれを参考に、となるわけだが。
新しいタイプのイベントは、ココが難しい。
過去にも全く集まらなくてダメになった物もあるし。
これは企画自体は悪く無いと今でも思うのだけど、その面白さを伝えきれないところが問題だったんだろうと。だから、いつかリベンジしますよ。
この時のタイムを参考に流れを組み立てるわけです。
半分から倍くらいまでと想定していたので、ほぼその範囲内かな。
大会前週に矢印看板の設置。
微妙な週間天気予報。神を信じるのみ。
つづく
Posted by オバQ at 00:08│Comments(1)
│計画
この記事へのコメント
そうですか。館兄が一人でがんばっちゃって最悪だった頃のクロスランドラリー。それが少しはお役に立てたのなら、あの無駄な努力もそれほど無駄ではなかったという事ですね。
お役に立てた事、嬉しく思います。
お役に立てた事、嬉しく思います。
Posted by 館兄 at 2010年12月23日 08:50